釈尊が入滅してから五十六億七千万年の先に、弥勒菩薩が人間世界に出現するまでの間は無
仏の時代とされている。この無仏時代に地蔵菩薩が、釈尊の付属を受けて「六道を能化」す
る菩薩として人間世界に出現して五濁の世界を救済してくれるとされて末法思想が普及する
に従い地蔵盆、地蔵講などができて地蔵信仰が急速に広まった。地蔵菩薩は梵名を乞又底蘗
波(くしちがるぶば)と言い持地とか無辺心、妙幢などと呼んでいる。この地蔵菩薩は、根
本となる経典の一つの地蔵菩薩本願経の分身集会品に「我、とう利天宮にありて、(中略)
娑婆世界の弥勒出世に至るこのかたの衆生を、悉く解脱せしめて、永く諸又の苦を離れ、仏
の授記に偶わしめん」とあるように、釈迦が既に涅槃に入って後、次代の仏である弥勒が五
十六億七千万年の後に現われ出るまでの間、この世で、もだえ苦しむ我々を助けて下さる仏
なのである。文献資料としては、古来、地蔵三部経と言う呼称が使われている。通常
1、唐・玄奘訳 大乗大集合地蔵十輪経~十巻
2、唐・実叉難陀訳 地蔵菩薩本願経~二巻
3、隋・菩提燈訳 占察善悪業報経~二巻
の三部の経典を、地蔵菩薩の根本経典として重視している。
地蔵菩薩のその利益救済について、地蔵菩薩本願経の地神護法品では、
1、土地が豊穣で作物に恵まれる。
2、家内が安全である。
3、もし亡くなっても天国に生まれる。
4、現世ではできるだけ長生きできる。
5、願望がよくかなう。
6、水火の災難がない。
7、過ちやさわりを除く。
8、悪い夢を見ることがない。
9、旅行しても無事である。
10、仏にめぐり合うことができる。
と言う十種の利益を説いている。一見して明らかなように、これらの現世を中心とした誠に
具体的な功徳話であり、わが国中世以降、非常に盛んになる民間の各種の地蔵信仰は、以上
の主題から派生したものが少なくない。しかし一方同じ地蔵菩薩本願経の閻浮衆生業感品や
地獄名号品に、地蔵菩薩が地獄にその姿を現したり、数々の地獄の名称や罪報を説いている
などのことにより地蔵菩薩は次第に地獄、或いはそれを拡大解釈した六道の救済者の特色を
強くするようになるのである。いわゆる六地蔵はその代表例である。そういう意味では地蔵
菩薩は、あの世とこの世を共に司る大変にありがたい仏と言うことができる。
【六道】 【覚禅鈔】 【十王経】
第一、地獄道、大定智悲地蔵 金剛願地蔵
第二、餓鬼道、大徳浄地蔵 金剛宝地蔵
第三、畜生道、大光明地蔵 金剛悲地蔵
第四、修羅道、清浄無垢地蔵 金剛幢地蔵
第五、人道、 大清浄地蔵 放光王地蔵
第六、天道、 大堅固地蔵 預天賀地蔵
又六地蔵の具体的な名称には、これらの上記尊名ではなく大悲胎蔵生曼荼羅に描かれる
地蔵菩薩~地獄道
宝掌菩薩~餓鬼道
宝処菩薩~畜生道
宝印手菩薩~修羅道・
持地菩薩~人道
堅固意菩薩~天道
の名称と六道との対比が用いられることが多い。上記六尊の尊名は大悲胎蔵生曼荼羅の地蔵
院(第三重北面に描かれる)地蔵菩薩を主尊とするため、地蔵院と呼ばれる。この六尊であ
り大日経に説く六体の菩薩の名称である。密教図像の地蔵菩薩は、徹頭徹尾、財宝性を表す
仏で、「地の蔵」と言う原義が、そこに内包される秘められた宝を示している。又通形の地
蔵菩薩が、頭を丸く剃った坊主頭で円頂形、声聞形をとつていることは、地蔵経典の中でも
古層に属する玄奘三蔵訳の大乗大集十輪経に、「その時、地蔵菩薩摩訶薩、(中略)神通力
をもって声聞形を現し南方より仏前に来至して住す」「地蔵真大士、(中略)声聞の色相を
現し、(中略)出家の威儀を現し七宝財伏蔵す」とある。
後世の地獄救済の地蔵信仰に大きな役割を果たしたのが、地蔵十王経で、没後冥府における
苦悩離脱のために生前の斎供礼拝などを預修、(あらかじめ行って功徳を積むこと)すべき
ことを勧めたものであるが、すでに中国で流行していた地獄の裁判官たる十王信仰を十分に
踏まえた上での成立である。特に仏教の四十九日、中陰信仰(亡くなつてから七週間、魂が
中有の世界をさまようこと)と、中国固有の百ケ日忌、一年忌、三年忌の習慣を併せて、
第初七日~秦広王~不動尊
第二七日~初江王~釈迦如来
第三七日~宋帝王~文殊菩薩
第四七日~五官王~普賢菩薩
第五七日~閻魔王~地蔵菩薩
第六七日~変成王~弥勒菩薩
第七七日~太山王~薬師如来(満中陰)
第八・百ケ日~平等王~観音菩薩
第九・一周期~都市王~勢至菩薩
第十・三回忌~五道転輪王~阿弥陀如来
と言うように、各忌斎日に十王を配したのは本経の特色である。本経正式名称は、
「仏説閻魔王授記四衆逆修生七往生浄土教」=「地蔵十王経」である。つまり、初七日に罪
が決まらなければ二七日に審判を受け、さらに決まらなければ三七日へと順次繰り下がつて
行くのである。十三世紀の頃には民間に流布していたことがわかる。その後、
日本撰述の仏説地蔵菩薩発心因縁十王経、(略称・発心因縁十王経)の編纂とそれに説かれ
る様に十王と地蔵菩薩をはじめとする十体の尊格を同一視する発想である。本経は、中国撰
述の預修十王生七経の十王信仰を受け継いだ。死後においての十王の裁判経過の次第を説き
続いて地蔵菩薩の発心の因縁、十四願などを述べている。これら十王の仏教における本地
(本体としての存在)として不動明王以下の諸尊を配した。
第一、秦広王~不動明王、第二、初江王~釈迦如来、第三、宋帝王~文殊菩薩、第四、五官
王~普賢菩薩、第五、閻魔王~地蔵菩薩、第六、変成王~弥勒菩薩、第七、太山王~薬師如
来、第八、平等王~観音菩薩、第九、都市王~勢至菩薩、第十、五道転輪王~阿弥陀如、
ここではつきりと地蔵菩薩と閻魔王が同体であると定義され地獄救済の十王信仰と死者追善
の十三仏信仰が合わさり現在の十三仏信仰が形成されてゆく、十王・十仏にその後日本にお
いて、蜜教仏の阿閦・大日・虚空蔵の三仏が追加され、現在の十三王・十三仏となつた。
第十一・七回忌~蓮華王~阿閦如来
第十二・十三回忌~祇園王~大日如来
第十三・三十三回忌~法界王~虚空蔵菩薩
これが、現在の十三仏信仰である。
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