一 「観無量寿経」の教説
1、経典の概要―科段―
一般に「観無量寿経」と呼ばれ、「観経」とも略称されます。劉宋の元嘉年間(424~453)に
畺良耶舎が漢訳した一本が現存するのみで、サンスクリット本もチベット訳もなく、内容か
らも印度での選述ではないであろうといわれ、おそらく中央アジア(あるいわ中国)で作ら
れたと推測されています。中国・日本では浄土教の重要な経典として親しまれ、多くの註釈
書が作られました。その中で、特に善導大師の註釈書「観経四帖溜琉」は聖道門諸師の「観
経」に対する解釈を正して、経典の真意を明らかにされたもので法然聖人は、この解釈を受
け継がれて、専修念仏の教えを確立されました。
経典の構成
序文
一章 証信序
二章 発起序
一節 化前序
二節 禁父縁
三節 禁母縁
四節 厭苦縁
五節 欣浄縁【光台現国】
六節 散善顕行縁【去此不遠】
七節 定善示観縁
正宗分
一章 定善
一節 日想観
二節 水想観
三節 宝地観
四節 宝樹観
五節 宝池観
六節 宝楼観
七節 華座観【住立空中尊】
八節 像観【法界身】
九節 真身観【摂取不捨】
十節 観音観
十一節 勢至観
十二節 普観
十三節 雑想観
二章 散善
一節 上輩観
一項 上品上生【三心】
二項 上品中生
三項 上品下生
二節 中輩観
一項 中品上生
二項 中品中生
三項 中品下生
三節 下輩観
一項 下品上生
二項 下品中生
三項 下品下生【転教口称】
得益分
流通分【付属持名】
耆闍会
2、王舎城の悲劇
この経典は、釈尊がマガダ国の都近くの耆闍崛山で説法されていた際に王舎城で起こった悲
劇を契機として説かれたもので、序文の発起序にそのいきさつが述べられます。王舎城では
阿闍世太子が釈尊を敵視していた提婆達多にそそのかされて、父王の頻婆娑羅を牢獄に幽閉
し、また頻婆娑羅王をひそかに訪ねて食べ物を差し入れていた母親の韋提希夫人をも殺害し
ようとします。しかし家臣の老婆や月光からいさめられて、母親殺害は思いとどまります。
そして王宮深くに幽閉します。絶望のただ中におかれた韋提希は獄中から耆闍崛山におられ
る釈尊を心に念じ、仏弟子を遣わして説法下さるよう、こいねがいます。この願いに応じ、釈
尊自ら夫人の前に現れて、説法される事になります。夫人は悶々とした苦痛をうつたえ、憂
いと苦しみのない世界を教えてくださいと懇願すると、釈尊は眉間より光明を放ち仏たちの
浄土を出現されます。これにまみえた韋提希は更に阿弥陀仏の世界に生まれたいと訴えてそ
こに往生する道を説いて下さるよう請い願います。そこで釈尊はまさに浄土教を説く機縁が
熱したとの心から、にっこり微笑まれて、浄土往生の道を説かれます。その説法が、この経の
正宗分をなしています。
3、定善と散善
こうして正宗分には韋提希の請いに応じて釈尊が、まず精神を統一して悟りの世界を観じと
って行く道、すなわち浄土と仏・菩薩(阿弥陀と菩薩がた)を観想する浄土往生の実践道を
説かれます。これが十三の観想で説かれるので定善十三観と呼ばれます。そして釈尊は自ら
説いて定善の実践の困難な機類、精神を統一出来ない者の為に散乱した心のままで善をおさ
める道を説かれます。それは、散善三福と言われ、浄土往生しようとするものの資質に応じ
て九段階(九品)に分け、上品上生・上品中生・上品下生のものには、大乗の行福(菩提心
を発し、大乗の善を積む)を説き中品上生・中品中生のものには、小乗の戒福(三帰依を保
ち、小乗の善を積む)を説き、中品下生のものには、世福(父母に孝養、師長に奉仕し、世
間の善を積む)を説きます。そしてこれらも実践出来ない下品の上生・中生・下生のものに
は、念仏の法が説かれます。ここにいたつて、煩悩に支配された凡夫は、ただ念仏する事に
よって阿弥陀仏の来迎をうけて往生することが出来ると説かれるのです。
4、念仏付属
正宗分を窺う限り「観経」には定善観法による浄土往生の道が中心として説かれているように
見えます。ところが、流通分には釈尊が韋提希とともに説法の場にある阿難に対して、
【なんじよくこの語を持て。この語を持てと言うは、すなわちこれ無量寿仏の名を持てとな
り。】と述べて称名念仏を説いています。善導大師も、この流通分に着目し、「観経」には
定善・散善の修道が説かれてあるが阿弥陀仏の本願にかえつて窺うと、念仏こそが肝要で
あると看取されています。
5、権化の仁
ところで韋提希は獄中にあって釈尊に次のような愚痴をこぼしています。【世尊、我宿、何
の罪ありてか、この悪子を生ずる。世尊また、何らの因縁ましましてか、提婆達多と共に眷
属たる。実はマガダ国王夫妻である頻婆娑羅と韋提希とには長い間子がなく、ひたすら子が
欲しいと請い願って仙人が無くなれば子が出来るであろうとの占いに惑わされて仙人を殺害
し、さらには宿ってた子が親殺しをするであろうと言う占いに再び惑わされて、高い楼閣か
ら胎児を産み落として殺害しようとすると言う悪行を為していたのでした。幸い、生まれたば
かりの阿闍世はこの時、指を骨折するだけで済んだと伝えられていますが、愚かな行動に走
っていた王と妃だったわけです。この事を阿闍世が聞き及んだ為に幽閉されてしまつたのです
が、それをすつかり忘れて、釈尊の姿に接するや、愚痴をこぼす韋提希には愚かな凡夫であ
ると言う自覚すら持てない愚悪なる罪深いものの姿が映し出されている。この様な韋提希に
聖者にしかできない定善観の実践道を示す事によって、逆に定善が修し難い道であると言う
事を示し、凡夫の自覚を呼び覚まそうと理解されたのが善導大師です。さらに散善の行を積
むことを勧められるも、三福の実践もできない凡夫である事、そのような凡夫にとつて念仏
以外に救われる道はないということを明確に示しているのが、先の流通分の文だったので
す。ここに凡夫の自覚すらない韋提希に罪悪深重の凡夫であると言う自覚を起こさせて、
念仏の道へと導かれる仏意がうかがわれるのです。更に親鸞聖人は「教行信証」(総序)の
中に次のように述べられています。【しかればすなはち、浄邦縁熟して、調達(提婆達
多)、闍世(阿闍世)をして逆害を興ぜしむ。浄業機彰て、釈迦、韋提をして安養を選ばし
めたまえり。これすなわち権化の仁斎しく苦悩の群萌を救済し、世雄の悲まさしく逆謗闡提
を恵まんと欲す。】「権化の仁」とは、仮の姿をとつて愚悪の凡夫を導かれる徳ある聖者がた
(菩薩がた)という意味で、「「観経」に語られる王舎城の悲劇の登場者はすべて、本来、
菩薩がたで、王舎城の悲劇を演じて下さっている。そして、親鸞が愚禿の凡夫であると、言
うことを示して下さり、その様な凡夫は念仏によってこそ救われるという道を教えて下さつ
ている」と受け止められている。
構図と内容
内容と構図から見て全体を四つに分類できる。
(A) 浄土の荘厳
中央の大きな区画は浄土の荘厳で、十三に区分される。①舞楽。一番下の中央に大きな
舞台があり、新旧の往生人が歓喜と感謝の楽を奏し、舞いを踊っている。②③見仏(仏
にまみえる)。父子相迎(ふしそうごう)とも言われている。舞台の左右、対称の位置
に阿弥陀仏が立って往生人に接しておられる。④宝池。舞台の向こう側の池には上品中
生以下、八品の往生人が蓮華の上に座している。⑤⑥樹下説法。左右の端に宝樹があり、
羅網で飾られ、葉間に多くの宮殿がある。宝樹の下では阿弥陀仏が菩薩に囲まれて座し、
説法しておられる。⑦台。中央の阿弥陀仏の前には広い台があり、上品上生の人が合掌
して座している。⑧三尊。正面の中央では弥陀が説法印(証空の説では「三身の印」)
を結んで宝蓮華座に座し、胸には卍(まんじ)の印が、そして手のひらと足の裏に千輻
輪の相が鮮やかである。円光の後ろに四基の宝幢があり、頭上には華 模様の広大な天
蓋が覆っている。左右に観音・勢至が脇侍として侍り、その頭上に豪華な宝蓋がある。
三尊の周囲を多くの菩薩が取りまいている。⑨中庭。三尊の背後の中庭で菩薩が遊歩し
ている。⑩⑪宝楼宮殿。中庭を取りまいて宮殿楼閣がある。諸処に仏の説法の座が見え
る。⑫光変。三尊の天蓋の上から光明が伸び、それが種々に変形して仏菩薩や塔を化作
している。⑬虚空。上の虚空は荘厳が一杯で、天女の顏をした迦陵頻迦(かりょうびん
が)などの鳥、天華・楽器が浮かび、雲に乗った仏菩薩の訪問が見える。虚空は下から
黄(金色)・白・玄(青黒色、または紺青色)の三色の層になっている。
(B) 序分
曼陀羅の左側に縦に十一の連続した絵がある。ここでは『観無量寿経』が説かれるに至
った背景を、善導の『序分義』に基づいて述べている。各々の絵の左右の欄外に経文か
らの引用が説明として書かれている。①一番上は『観無量寿経』の始めで、釈尊が千二
百五十人の比丘と三万二千人の菩薩と一緒にマガダ国の首都、王舎城郊外の耆闍崛山
(ぎしゃくせん)(霊鷲山、りょうじゅせん)におられる。②下から四つが頻婆沙羅王
(びんばしゃらおう)が王子の阿闍世(あじゃせ)によって幽閉されるに至った因縁で
、先ず一番下は屋外で提婆達多(だいばだった)が神変を示して阿闍世の信頼を勝ち取る
場景と、宮殿内で阿闍世が提婆達多から悪知恵を授かっている様子が描かれている。③
阿闍世は頻婆沙羅王(びんばしゃらおう)を七重の牢獄に入れ、外に門番を配した。④
韋提希(いだいけ)夫人は身に食べ物を塗り、装身具の中に葡萄酒を入れて王に捧げ、
⑤一方、王の願いで釈尊は弟子の目連(もくれん)と富楼那(ふるな)を遣わし、毎日
王に八戒を授け説法せしめた。⑥白馬に乗った阿 闍世が牢獄を訪れ、門番から韋提希
夫人と仏弟子の訪問のことを聞いて大いに怒り、⑦邸内に入って母を殺そうとした。そ
れを大臣の月光(がっこう)と耆婆(ぎば)が思いとどまらせた。⑧韋提希は阿闍世に
よって宮中に幽閉されたので悲嘆にくれ、釈尊に目連と阿難を遣わして下さるように懇
願した。その願いを知って釈尊は二人を韋提希の許に遣わされた。⑨やがて釈尊ご自身
が韋提希のところに現われる。宝蓮華に座す釈尊を拝して韋提希はひれ伏し、苦悩のな
い世界がないかお尋ねした。⑩釈尊は光明の中に十方の浄土を現わし、どの浄土に生ま
れたいか聞かれたところ、韋提希は弥陀の浄土に生まれたいと答えた。⑪釈尊の神力で
韋提希や阿難は弥陀三尊を拝することが出来たが、いまや釈尊は未來の衆生に伝えても
らうために、浄土を観ずる法を阿難に語られる。
(C) 定善 十三観
曼陀羅の右端は上から下に向かって定善(じょうぜん)十三観が『定善義』の解説に従
って示される。①日想観。侍女を伴った韋提希が日没の太陽を観じている。罪業の軽重
に従って白黄黒の雲が太陽を覆っているのを見る。②水想観。清浄な水を観念し、それ
が氷になり、次に瑠璃になると想う。③宝地観。極樂の大地は瑠璃で、その境界は七宝
で出来ている。宝石から五百色の光明が出て、虚空で光明の台となる。その上に無数の
楼閣、無数の華幢(けどう)や楽器などの荘厳が現れる。④宝樹観。瑠璃の大地の上に
三本の宝樹が見える。宝珠や宝網に飾られ、網と網の間に無数の宮殿がある。⑤宝池観。
八つに区分された池があり、蓮華が咲いている。岸の上には四本の木が生えている。⑥
宝楼観。三つの宝楼があり、中央の楼閣内に蓮華座と左右に二人の童子が見える。⑦華
座観。七宝の地上に阿弥陀仏の座る蓮華座がある。四本の宝幢が立っており、豪華な宝
幔と宝珠が上に懸かっている。⑧像 想観。弥陀三尊の像が蓮華座の上にあるのを観ず
る。二基の宝幢が弥陀の後方左右にあり、頭上に宝幔を戴く。⑨真身観。菩提樹二株の
間に説法印を結んだ弥陀が座し、円光の中に化仏・化菩薩が見える。⑩観音観。宝冠の
中に弥陀の像があり、全身より出す光の雲から、救うべき六道の衆生の姿と化仏が現れ
ている。⑪勢至観。宝冠に宝瓶を戴き、円光から十条の光明を放っている。⑫普観。行
者自身が浄土の蓮華の中に合掌した姿で生まれることを観ずる。空中には仏菩薩が満ち
ている。⑬雑想観。極樂の池水の蓮華の上に一丈六尺の弥陀三尊の像があり、種々の化
身を現すのを観ずる。弥陀の円光中には化仏が三体見える。
(D) 散善 ー 九品
曼陀羅の最下段は十に仕切られている。中央の区画※[E]は当麻曼陀羅の縁起を記す。
それを除いた九の区画が右から左の順に散善(さんぜん)の九品である。①上品上生。
戒を守り大乘経典を読誦し、浄土を願生するものには、臨終に弥陀が聖者と共に迎えに
来られる。空中には化仏と天女が来迎に伴っている。弥陀は来迎印を示しておられる。
②上品中生。必ずしも大乘経典を読誦しないが、大乘の教えをよく理解し、往生を願う
と、臨終に弥陀と聖衆の来迎にあずかる。聖者と化仏の数は上品上生の場合より少ない。
③上品下生。因果の理法を信じ、大乘をそしらず、菩提心を起こして往生を願うと、臨
終に弥陀と聖衆の来迎にあずかるが、屋敷には行者の姿は見えない。直接仏を拝するこ
とは出来ないが、仏の光明は簾(みす)を通して行者に至る。④中品上生。小乘の行者
で五戒・八戒を守り願生するものは、臨終に弥陀と比丘の形をした聖衆の来迎にあずか
る。⑤中品中生。一日でも戒を保って往生を願うものは、臨終に来迎にあずかる。蓮華
台に座ると華は 閉じ、極樂の宝池に生まれる。図では聖者の持っている蓮華の中に行
者がいる。⑥中品下生。平生、世間的な善を行い、臨終に浄土のことを聞き往生を願う
と、仏と聖衆の来迎にあずかる。⑦下品上生。殺生をしたり酒を飲んだりする人でも、
臨終に大乘の教えを聞き、教えられるままに「南無阿弥陀仏」と称えると、化身の弥陀
三尊の来迎にあずかる。⑧下品中生。戒を破りお寺の物を盗んだりする者で、臨終に地
獄の業火が現れる。この時、教えられるままに念仏すると、業火が天華と変わり、屋上
の化仏菩薩となる。そして右上方、化仏菩薩に従って往生する。⑨下品下生。母を殺し
たり、僧を殺したり、仏具を壊すなどの大罪を犯し、殺生などの十悪をなす者が、臨終
に善友の教えで称名念仏すると、金の蓮華を含んだ日輪が現れ、その中に納められて浄
土に往生する。
[参考文献] 稲垣久雄著 『浄土三部経 英訳と研究』永田文昌堂発行、第二版1995年、
第三版2000年、315-350頁。
制作仏画 大進美術株式会社